かじやの部屋

会津の「中屋」鍛冶年表へ
       
   ページ内リンク テレビで紹介      

ドローンを考える。

初めてドローンを見たときは「便利なものをこさえたなぁ

感心したのですが、そのご、目に付くのがドローンによる被害!

物を如何に使用するか?  しかし 2016/7/21 良いものを観ることが出来た!!

タイ国の山で経済効果が高い樹木の種を短期間だが効果が有る栄養素を土ダンゴにして

ドローンに数個を載せて飛行、目的地に落下させる!

大丈夫ですね。  愚かな者は少数、大多数の人々は「活かす」

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過日、嬉しい事がありました!     県の森林・林業・緑化協会から

森づくり大賞」の新設された「森林文化振興部門」の大賞を受賞したのです。

この仕事を継いでいくか?」との考えている時期に「自然災害は山の木を伐採するからだ!」

「鋸鍛冶屋は自然破壊の道具を作って生業としている!」

・・・・ そんな声が広がっている時代でした。

単なる伐採管理する意義の伐採は全く異なる。 山の管理は海の環境に大きな貢献をしている。

・・・・ これらの声は、まだまだ小さいものでした。

ボランティア活動で森林・里山などで地道に汗を流してくださっている

多くの方々の活動が徐々に認められて、広がりに繋がりました。

 

この事が今回の受賞に繋がった! と感じています。

受賞の壇上で頭に浮かんだのは子供のころから目に入っていた多くの鍛冶屋職人さん達でした。

先輩みなさ〜ん、鋸は自然破壊の道具では無いと認められましたよ!

この気持ちで賞状を頂戴しました。

帰宅後、仏壇に報告してからの晩酌は家族と居酒屋でした。

有難うございます。

 

左)立派な

  、、、、 の  

 ようだがーー

   右)未整備


山を考える
現在、日本の山々は手入れがなされずに放置    しかし昭和30年代中頃から安い材木が外国から
されている状態です。計画性を持った植林をし    輸入され始めると、人件費の高い日本では採算が
下草刈りや枝払い(剪定)そして間伐をすること    合わない理由で、山に必要な手入れがなされない
により良質の木が育つのですが、残念ながら    ようになりました。
時間、手間、費用をかけて生産すれば当然の    木と木の間隔が狭く根っこが広く張れない上に
事ながら高価な木材となり外国から輸入されて    日差しが不十分で生育が遅れ風雨により簡単に
いる安価な木材に価格の面で太刀打ちできない      倒れてしまう。 土砂崩れの原因にもなります。
のが現状です。四季がある環境で、じっくり長い    手入れをしない荒れ放題の森は滅びてしまいます。
時間をかけて育つ日本の木は良質なのです。    山が山としての機能を持てなくなってしまいます。
木材収入を得るべく自然の樹木を切り倒し、    しかし、現状に危機感を強く感じた多くの方々が
山を木の畑として、生育の早いや寒冷地に    「何とかせねば!」と活動していらっしゃいます。
適したカラ松が日本中の山に植えられました。    皆様に 感謝感謝

スギ花粉症    
近年,花粉症に悩まされている人が多い事から,   杉材の需要が多ければ順次植え替えれば事が
花粉の少ない品種の杉を植林する動きがある.   済むといえる.  ところが国産材は高価である.
しかし その為には現在の杉を伐採しなければ   結局は荒れ放題から朽ちるのを待つしかないか?
ならないが費用が掛かる.   花粉症には辛い日々が続きます.
林野庁が動いた    
花粉症対策の一環として、花粉の少ない杉の   お役人の中にも花粉症に悩まされている人が
苗木供給を現在の年間9万本から今後10年で   多いからか? −−−−とは失礼
100万本に増やす目標を立てた。   遅かりしとは言え 有り難いことではーー有ります。
   

2007/1/12 


 森林文化のくに.

   ふくしま県民憲章 

この度本県では県民憲章が

制定されました(平成17年度)

第1章 森林を敬いあらゆる命を尊びます 第1章

☆ 森の中で生き物たちが、お互いに助け合っていることを

    学び、 その命を大切にします

☆ 山での火の始末はきちんとします

☆ 森林にあるごみを拾いごみを森林に捨てません

☆ 森林への優しさを忘れず、森林とあらゆる生命を大切にします

☆ 豊かな森林を守るため、無駄な開発をしません

 

第2章 森林にふれあい、心豊かに生きます

第3章 森林の恵みに感謝し、活かします

第4章 森林を守り育て、未来につなぎます

(第2章以下 略)

         鍛冶銘 中屋伝左衛門 の紹介

 初代

中屋伝左衛門

 2代目

二代目 

中屋伝左衛門

三代目

中屋伝左衛門

  

                    初代 中屋伝左衛門  
本名 千代治 明治21年生まれ。重左衛門系の 3代 中屋忠左衛門の1番弟子となる。
 年期明け後、暫く職人として勤めていたが、やがて現在地に独立し、千代治の祖父であり
 会津藩士であった五十嵐伝左衛門の名を取って中屋伝左衛門を鍛冶銘とした。
 生来温厚な性格で人当たりも良く仕事熱心であり主唱者となって大工鋸の同業組合を
 作り代表を務めています。 日中戦争時の昭和13年に53歳の働き盛りに没しました。
  

                  2代目 中屋伝左衛門

 
名を徳市。大正7年現在地で生まれ初代の元で大工鋸の修行をし、後に天王寺鋸を自習自得
 研究熱心の勉強家で地元の問屋相手では販路が狭いと越後の問屋に製品を販売したり
 熱処理に電気炉を使うなど機械化に熱心でした。3代目が高校を卒業後、人手が欲しい中
 三条市の鍛冶屋へ修行に出してくれました。80歳半ば、"ワープロ大好きっ子" 状態!!でした

絵が得意だったようで、上の初代伝左衛門の肖像画は徳市が描いたモノ

    

平成12年敬老の日放映のTV取材を受ける2代目。     右は 鞴(ふいご)にてマド鋸をなましている2代目  

米寿を迎えた頃はワープロを扱えなくなり寂しそう      手前の扇風機は熱気飛ばし

                 

                 3代目 中屋伝左衛門

 
名を征一。 昭和19年生まれ。高校卒業後三条市の鋸鍛冶 伝統の「深沢伊之助家」の分家である
深沢一二氏に弟子入り。年期明け、お礼奉公後、会津に戻り家業に従事、現在に至る。

1997年テレビにて紹介された3代目

一昔前 若かった。 この頃の”元気”が欲しい

2008年 会津に残っていた2軒の鋸鍛冶屋の内、私を残して一人が廃業!
現在 ついに会津で最後の鋸鍛冶屋になってしまいました。
「最後の独りとして止めるのは悔しい! 先人職人さんに なんて言い訳しようか? 寂しい。    
このホームページを作り始めた時点では「廃業準備」であったのに、その後の全国あらゆる地域から
問い合わせのメールや電話を頂戴することになった。
「未だ欲する人が存在する!」・・・・問屋相手では判らなかった事で 驚きでした。 
多様な要望を持った、個人と対面製作が出来るんです! 役に立てるぞ!
 ・・・・・市販されていない種類を主に製作することにした
幸いにも使わないままになっていた ”黄紙材” を活用出来ることになった

需要が激減し、職人諸氏の仕事が継続出来なくなり・・・廃業

見栄えがしない、格好が悪い、そんな道具が少なくなっている

マド鋸、ガガリ鋸は勿論、一般的な腰鋸でも 納品後の感想を頂戴すると
「鋸がこんなに切れるとは思わなかった」、「早く このサイトに出会えれば良かった」
・・・・・など、身に余る好評メールや電話を頂戴するに至り、
「一般の人が鋸の知識を得るのはホームセンター」が時代の流れと感じた
運の良い人が良い道具に出会える。  世の中”運”は付き物ですね

上の「ホームセンターが時代の流れを 云々」について

ホームセンターを否定するものではない事はメールのやり取りの中で記すことが

多く有ります。 チェンソーも店舗も、使い分けが絶対でしょう!

庭の木を一本だけ切るのに、高価な鋸は不要ですから。

 

 

1,996年栃木県矢板市で開催された

全国育樹祭にて私が制作した剪定鋸を 

御使用の皇太子ご夫妻

 

本所立川 葛飾北斎 遠江山中

 鋸使用が

描かれている

双方とも板を得るための

「ガガリ鋸」ですね

  

 


2016/ nakaya

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